「プロになるまでの全て!」Tさん編03

専門学校卒業後、夢追いフリーターになった。
毎日が自由だからこそ、夢に向かって何かしら行動していないと落ち着かない。
資料を取り寄せたり体験入学に参加したり、常に居場所を求めていた。

向かう先は声優である事はわかっていたけれど、
どこに通ったらいいのかわからない。
この時代の大手声優事務所である、賢プロ、青二、81プロデュース・・・等々も考えた。
どうせならば大手に行きたい。

しかし専門学校で痛い目を見た自分は
大手養成所からストレートに所属できるとは思えなかった。
仮に三年通ったとして所属になら なかったらどうなるのか、
また別の養成所に通うのか・・それは避けたい。

逆に所属した場合、声優の仕事だけに縛られたくない。
あくまで希望しているのは「声優アイドル」という立ち位置。
裏方ではなく、表に出たい・・・そんなことを考えていた。

締め切りが迫り、
最終的に費用第一優先で決めたのが「松濤アクターズギムナジウム」だ。
カリキュラムに、歌とダンスがあるので、
「これまでの経験を活かして、頭角を現せるのではないか」
という打算的な考えもあった。

また資料に「声優の根本は役者だ」みたいな事が書いてあったので、
事務所に入った後も多方面で仕事ができるかも・・
という期待もあり、オーディションを受けた。

審査の結果、基礎科、本科と2年通うべき所が1年免除。
といってもカモには変わりないけど(笑)
まあ・・仕方がない。
その時は1年後、所属してやる!くらいの気持ちで入所したのだ。

授業はすでに習ったことのある歌、ダンス、演技だった。
読みが当たって、経験者の私は頭角を表した。
専門学校の時は、全く先生から相手にされなかったのに、ここでは目立つ存在になった。
それを良いことに、敵対心を剥き出しにして授業に参加していたのを覚えている。
私なりに、目をかけてもらおうと必死だった。

ある日のこと。
選択レッスンでマイク前授業が有った。
初めてのマイク、スタジオに興奮する。
しかし、いざやってみると・・・で きない!
マイク前未経験の私は、できなかった。

なんだこれは?!
マイク前の制限があり過ぎて、どうしていいかわからない。
ダンスや、歌や、舞台はある程度、自由が利く。
しかし、声優は違う。
映像に合わせるという不便さにぶち当たった。

声だけで、どうやるの?
身体は、どうするの?

私にはもう違和感しかない。
マイク前の芝居の楽しさが全然わからない!
そのレッスンで自分の将来に不安を感じ始めた。

本当に声優になりたいの?
怖いけど、正直に自分に聞くしかなかった。

実力のある声優アイドルになると決めたはずなのに、
肝心な声優の仕事ができないのでは話にならない。
アフレコができるのが前提で、そこから派生して色んな仕事をやるはずだったのに。

結局私は、声優ブームの影響をもろに浴びた1人にすぎなかった。
でもそれは認めたくない事実だった。
自分はそうじゃないって思いたい。意地を張っていた。
単にブームに流されて人生を賭けてしまった自分を認めるのが怖かった。

超理想を掲げて、行動してきたのに・・今それが崩れようとしている。
私って・・本当は何がやりたいんだろう。
「NHKの歌のお姉さんになりたい」
「子供が好きだからいつか子供番組を持ちたい」
自分の原点が見えてきた。
でもどうしたらいいのかわからない。

結局、養成所には、安心を得るために通っていたのかもしれない。
夢を叶えるために、何かしていると思えるから。
でも今考えてみても、養成所で学んだ事は何もない。

やった気にさせるアフレコごっこは、全然楽しめなかった。
むしろ、私は声優を誤解してしまった。
それでも、「『やっぱり声優って良い!』って思えるかもしれない・・」
と期待して通っていた。

けれども相変わらずアフレコの授業は、つまらなかった。
ダンスと歌のレッスンの方が好き。
身体を動かす事が、私には合っていた。

声優だって動くのに!!

今なら理解できる。
しかし、養成所では教えてもらえなかった。
結局、声優がマイク前で何をしているのかを理解しないまま養成期間を過ごした。

3月にある、養成所お決まりの卒業公演でオーディションに合格し、主役に抜擢された。
六行会ホールで2日間4ステージ。
作品は「11匹のねこ」というミュージカル!

養成所で1番注目されている女の子と、そうでもない私がダブルキャストで主役をつとめる。
専門学校では最下位だった私が、ここではトップだった。
舞い上がった。

稽古期間は1か月。
演出家は現役声優で、いつも機嫌が悪そう・・・(に見えるタイプ。)
莫大な量の台詞、歌、振付。
今考えてみても結構ハード。
結局、相方が途中で降板し、私が2日間フルで出演する事になった。
稽古は体力勝負で、毎回息切れしていたけど楽しかった

本番当日、
舞台上の私はとてもイキイキしていた。
何とも言えない達成感。鳴り止まない拍手。
全てが、夢のようだった。
舞台が好きになった。

この時、母が仲の良い友人を連れて観に来てくれた。
決して口には出さなかったけど、私を応援していたんだと今ならわかる。
当時の私は子供みたいに意地を張って、面と向かって感想を聞けなかったけど、
母の笑ってる姿を見て少しだけホッとした私がいた。

養成所はこれで、卒業。
マイク前の技術は何一つ身に付けていないけれど、
歌とダンスを評価され、運良く事務所の「預かり」となった。
アテレコができない私はこの後が試練の連続だった・・。

「プロになるまでの全て!」Tさん編 記事一覧

「プロになるまでの全て!」Tさん編02

親も担任も応援してくれない。
その反骨精神が原動力となって劇団ひまわりに通い続け、
勉強とアルバイト、全て両立させた。

ちゃんと成功してまずは親に認めてもらおう!
と思ったものの正直、劇団にいる子は可愛い子ばかりで自信が持てない。
でも「私は実力派で行くから大丈夫」と思い込むようにし、
不安な気持ちを押しのけていた。

弓道部員は私を応援してくれていたけれど、教室は大学志望校の話題で持ちきり。
役者を目指す私は、浮いていた。
いろいろ厳しいけれど、自分で決めたことだ。
一人で何とかしないといけない。

とにかく情報を得ようと、日芸、専門学校、養成所の資料を片っ端から取り寄せた。
声優も、ミュージカルも、舞台もやりたい。
でもどこから手を付けたらいいのかわからない。
先輩の対談を参考にしながら、自分で考えるしかなかった。

本音を言えば、今すぐにでも声優養成所に通いたい
しかし舞台人も声優も女優も結局は役者だ・・
遠回りかもしれないけれど、本物の役者になるには、ある程度の下地が必要だ。
だったら、実力を付ける必要があるな・・

よし!舞台芸術学院に通って歌とダンスとタップと芝居と全部やってやろう!
あわよくば、劇団四季に入ってやろう!
その後、声優の世界に入ろう!
声優が「ミュージカルもできます」って言ったらそれだけで武器になりそうだし!
これはすごい学歴やんか!

結局、役者としてどう見られるかを優先して進路を決めた。
若い時に舞台を先に経験して、最後は味のある声優になればいいじゃないか!
そんな超理想を膨らませて、私は一直線。
とにかくやりたい事が有りすぎて絞れない私は、全部やる事に決めたのだ。

こんな風に、役者になるために試行錯誤している間も、
母は、あの手この手で私を大学に行かせようとしていた。
私は母を説得し続けて、ようやく諦めてもらうことに成功した!!
最終的に、何を言っても無駄だとわかったみたいだった。

「もう勝手にしなさい。あんたのことなんかもう知らないから。」
母からの冷たい言葉が突き刺さった。

勘当まではいかないけれど、応援してくれない。
それが悲しくて、自分の部屋で泣いた。
「よかった、これで夢に向かって進める!」という明るい感情と
「お母さんごめんね」という暗い感情が入り混じっていた。

親はもう味方じゃない。
何とかがんばらなくちゃ。

今思えば、役者になるなんて、母は心配だったと思う。
当時の私は、そんな事つゆ知らず、親を敵対視していた。
とても傲慢な娘だった。

夢を膨らませて入学した専門学校は、完全に場違いだった。
そこはまるで宝塚音楽学校のよう。
幼少からバレエやタップやジャズダンスや歌を習っていて、
ミュージカルを本気でやり たい人が50人もいる。

クラス全員の特徴と言えば、
「我が強い」
「自己アピール度が高い」
「自分が一番」

私は完全に周りに圧倒され、受け身だった。
学校主催の発表会で主役がやりたくても
「私なんか無理だ」という想いが先に来るし、
授業でも印象が薄いので、先生になかなか名前を覚えてもらえない。

ダンスの授業で個々が踊る空間を確保する時、
私は「できない人」だから毎回後ろの端を選んだ。
自分のことを過小評価しまくった。

「自分が自分が」と前に出てくる人達を前にして、怯む。
プロの世界はこういう風にアピールしないと生き残れないのかもしれない・・
そんなことを想い、私には向いてない世界だと落ち込んだ 。

何を血迷って、女優さんになりたいとか思ってしまったんだろうか・・

あんなに膨らんだ夢が、簡単に圧し折られた。
せっかく反対を押し切って入学したのに、毎日が辛い。
この学校で、私は完全なる負け組だった。
四季には行けない。
試験を受ける前からわかる。
ここを卒業したらどこに行けばいいのだろうか・・

思いついた。
声優養成所に行こう!
やっぱり、私は声優アイドルだったんだ!

役者としての夢を途切らせないように、
女優がダメなら次は声優だと表面だけで考えていた。
自分が声優だと思い込むと、かなり救われた。
現実に直面しなくていいのだから。
声優の世界だって甘くないのに、現実逃避にはぴったりだった。

四季に入らなくてもやりたい事はできる。
実力のあるアイドル声優になって、やりたいこと全部やる方が私には合ってる!
結局、「卒業後は、四季へ行き⇒声優になる」という超理想街道をあきらめて、
「卒業後⇒声優になる」に進路変更したのだ。

声優ならできそうなんて、ナメてるぞ!
お前は一体、何がしたいんだ!!

何だか書きながら、いらいらしてくる(笑)
でもどっかで「声優ならなれる」という根拠のない自信があったみたい・・。
本当にナメていました。
大変失礼致しました。
10代の私!たくさん本を読んで、人として成長してくれ〜!(笑)

「プロになるまでの全て!」Tさん編 記事一覧

全力新連載「プロになるまでの全て!」Tさん編01

女性声優 T さんをご紹介します。

女性として最初に登場してくれるのは、声優Tさんです。

彼女は元々、プロのミュージカル女優として、
活躍していた女優さんです。
常に1000名程も入る観客達を前に、
7年間もの長い間、常に主役を務めてきた人です。

色々あってミュージカル女優から声優に転身し、

今でこそ外画の吹き替えでは、ホラー映画の主演を務め、

最近では、ついに念願であった
難関の化粧品会社テレビCMナレーションをGET!するなど、
カッコイイ女性の代弁者として、目覚ましい活躍を始めています。

一方で日本語の美しさを買われ、大変にお堅い
日本政府官公庁のVPナレーションにも抜擢されています。

これも製作者側に大変好評で、こちらも、
レギュラーナレーターとして、常に指名がかかる様になりました。

また、プロの声優達の中から、さらにオーディションで選ばれる、
某大手声優事務所のキャスティング選考会に、
30名中わずか5名という難関を潜り抜け、ピックアップされています。

みなさんに、こんな風に紹介すると順風満帆の様に聞こえますが、

特にミュージカル女優から、声優に転身する間の3年間の彼女は、

それはそれは、とんでもない試練の連続だったのです。

私は、その試練の時間を共に歩みましたが、
まさに底なし沼に引きずり込まれて行く様な感覚がありました。

様々な、ワークショップ、面談、紹介、最終選考、etc・・・

彼女は不屈の魂で果敢に動き回り、様々なチャンスを作るのですが、
全てのサイクルが、後少しのところでダメになるのです。

ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!

丸3年間、彼女は、本当に暗い闇をさまよい続けます。

しかし、彼女はくじけませんでした。
それは、声優という仕事が、本当にやりたい事だったからです。

彼女は決してくさらず、常にターゲットを創造し、
日々の稽古に打ち込みながら、持ち前のガッツで行動し続けました。

その結果、天はついに彼女に、微笑んでくれたのです。

現在では「新しい大きな波」に乗って、生き生きと仕事を積み重ねています。

APH代表 茂 賢治

本当は女優さんになりたい
でも女優さんは綺麗な人がなるんだから
私は女優さんになれない
ずっとそう思っていた。

子供の頃の私は音楽が大好きで、
教育テレビを見ながら一緒に歌って踊っちゃう!
誤解をおそれずに言うと、ジャイアンみたいな女の子(笑)
でもだんだん成長するにつれ、恥じらうようになって、
出たがる自分を抑えるようになっていった。

私の夢は女優さん。
ずーっと心の中で思ってるけれど、全然なれる気がしない。
どうしても、容姿に対するコンプレックスを振り払えないでいる。

そんなある日、本屋さんで
「声優グランプリ」という雑誌と出会ったのだ。

声優さんが顔を出してインタビューを受けている!!
声優さんってアイドルみたいに何でもできるんだ!!
衝撃的だった。

雑誌を見ながら、声の仕事いいなあと憧れを持つのと同時に
アニメも好き 歌も好き 舞台も好き
あっ私NHKの歌のお姉さんになりたかったんだっけ・・・!などなど。
自分の容姿のせいで諦めかけていた夢が勢いよく、膨らんだ。

これなら私にもできそうだ!
おこがましくも、そう思ってしまった。
単純すぎる(笑)
当時は本気なので、必死に声優特集雑誌を読み漁って
立派な声優オタクに成長。

「声優になれるのは1万人に1人だ」
「声優は役者なんだ」
「声優は本来裏方なんだ」
「ブームが終われば消えていく」

そんな言葉に触れるたびに
どうやったらブームに流されない声優で居られるのか・・
やっぱり劇団に入って舞台で経験を積んで、それから声をやるべきなのか・・
そんな事まで考えあぐねる中学生の私だった(笑)

高校入学後は袴に憧れて弓道部に入り、青春を謳歌!
友人とはしゃぎまくって、いつも笑ってばかりいた。
声優養成所に行く目的でアルバイトもしたけれど、
稼いだお金は友人との交際費や
大好きな坂本真綾さんのCD代やライブ代や雑誌代に消えてしまう(笑)

買った雑誌をひたすら読んで自分なりに研究し、
声優アイドルは顔じゃない!
実力をつけたらいいんだ!!
ブームに流されない役者になってやる!
もともと影響を受けやすい私は、その気になって盛り上がっていた。

高校2年の冬で弓道部を引退し、友人達は受験の準備をし始めた。
進学校なのでほぼ全員が大学受験をする。
私は、夢があるので受験する気は全くない。
しかしみんなが試験勉強をする姿を見て、不安になってきた。
本当に受験しなくて大丈夫だろうか?

そこで声優アイドルになりたい理由を探そうとしてみた。
それらしい理由が有れば、不安がなくなると思ったからだ。

でも浮かんでくるのは実感のないキレイゴトばかり。
本当は自分がやりたいだけ。
私が好きだからやる
目立ちたい
人気者になりたい
ただそれだけだった。

でも認めたくなくて、
「それで良いはずがない!」と頭の中がぐるぐるしてきて、わからなくなって、
最後はもういいや!と考えるのをやめてしまう。
とても視野が狭く、頑固。もう決めたら一直線。
周りが見えず欲望に従って行動していた。

高校3年生の時、声優になるなら舞台を観ておいた方が良い気がして、
バイト代で沢山お芝居を観た。
実はこれも声優雑誌の影響だ。
先輩方が、声優はお芝居が根本だと言っていたので、間に受けたのだ。
なかなかのものだ。
徹底して影響を受けているな、私。

そして学校帰りに偶然観た劇団四季のライオンキングで、人生が変わった。
舞台の華やかさ、セットの素晴らしさ、そして音楽に感動したのだ。
さらには、小学生の時に心を奪われた
「新宿コマ劇場ミュージカル・シンデレラ」と重なって、
あの時と同じ気持ちが湧き上がってくる!
それは、「女優さんになりたい」という純粋な想いだった。

私も舞台に立ちたい。

コンプレックスから声優アイドルという立ち位置を見つけた私は初めて
「正々堂々と女優を志してもいいのではないか・・実力をつければ良いんだから」と
気持ちが変化したのだ。

早速、親を説得して劇団ひまわりに入団した。
昔から、決めたら即行動。
とにかく夢を叶えるために、何かしていたくてたまらない。

劇団ひまわりを選んだのは、
・歌とダンスとお芝居と全て出来る
・金銭的な問題
・有名だから親が安心する
といった理由だ。

高3の夏。
NHK連続テレビ小説の「ちゅらさん」という
その頃とても流行っていた番組のエキストラ募集がかかった。
エキストラだし学校にはバレないだろうとタカをくくって参加すると、
運悪く(運良く笑)主役の国仲涼子さんの後ろの席に
自分の学校の制服を着たまま座らせられ、がっつりテレビに映ってしまったのだ。

やってしまった・・・。

放送日、担任から呼び出しがかかった。
「私は役者になりたいんです」と告白した瞬間、空気が凍りつく。
「お前はこの学校に何しに来たんだ?」と聞かれ、その冷たい言葉に傷付いた。
大学を受験しないのは、この学校の生徒として、おかしい事だった。

一方で、家でもその事で母と喧嘩をした。
私:大学になんか行かない!
母:役者なんかで食べていけるわけないでしょ!
私:なんでそう決めつけるのよ!
母:わかりきった事でしょう?

こんなやり取りがずっと続き・・・・
挙句の果てに泣きわめいて反抗していた。
母とは、しばらく口を聞いてもらえない日々が続いたのだ。

「プロになるまでの全て!」Tさん編 記事一覧

企業VPナレーションのお仕事!中抜けで2件!

とても有難いことに、今日はダブル案件でした!

1日に2件のナレーション収録をさせて頂くのです!

具体的には、11時から青山でJ●様のナレーション、

午後13時から赤坂で某番組トレーラーナレーション、
そして、また青山に戻ってJ●様の続きの収録といった具合です。

青山のスタジオは以前もお世話になったのですが、
とても綺麗な空間でTOP3に入るお気に入りのスタジオです。

またここで収録ができることが嬉しくてたまりません!

早速現場に入り、原稿を確認します。

J●様からの原稿は当日渡しだったので、
1度映像を通して見せて頂き、原稿をチェックさせて頂きました。

今回は、J●様が支援されているある東北の団体さまメインで
オーケストラの音がバックで響いています。

J●様は有難いことに何度もお世話になっていることもあり、
求められるベースはわかっていたので、

今回は映像から雰囲気を掴み、自分が感じた通り、テストを行いました。

ディレクターからは「もう少し明るめで」と指示を頂きましたので、
呼吸の●●を変えて、本番に臨んだところ、

ちょうど、はまった感じがしました。

ディレクターも「この感じでお願いします」と仰って下ったので、
このラインを崩さずにブロックごとに収録して参りました。

最後まで読み切って、よしっ!と思いきや、ディレクターから、

「ありがとうございます!頂きました!次別パターンお願いします」
と指示を頂きました。

もう一度できるのは嬉しいのですが、
生理的に今のものがシックリ来ていたので、どう変化を付けようか少し迷いました。

もう少し落ち着きのある感じで・・とのことだったので、
今教わっているある技術を使い、●●を響かせていきました。

少しニュースっぽくなったので、そこに少し温度を入れるようにしました。

自分としては「どうなんだろうか?」と思いましたら、
実際通して聴いてみたところ、意外にはまって上手くいっていました。

後はクライアント様の好みかなと・・。

ちょうどここまでで1時間でした。

その後、電車で次の某番組トレーラーナレーションの収録に向かいました。

こちらは、「コメディ内容」でかなり盛り上がる原稿だったので、

私がバラエティ番組をナレーションするならこうする!こうしたい!
というエネルギーで、取り組みました!

ディレクターから「語尾までもっと盛り上げて!」という指示を頂きました。

この時、私の悪い癖で、最後尻すぼみする傾向にあることをその瞬間自覚しました。

最後までやったらうるさいんじゃないか?と
思いこんで最後を遠慮してしまっていたのです。

ただここは変化を見せる場所なので、
もうやってしまえ!という気持ちで、語尾まで呼吸を乗せていきました。

すると、ディレクターから
「OKです!いただきました~!」という元気な声を頂くことができました。

あっこれでいいんだ~と気づき、
おかげさまで、変な固定観念を捨てることができました。

収録時間は約15分くらいであっという間でした。

え~その後、J●様の現場に戻るように前もって言われていたので、

電車でも問題なく間に合うにもかかわらず・・タクシーで戻らせて頂きました。

青山通りをまっすぐだったので、こっちの方が効率が良い・・というのは建前で、

私の気分が上がるからですっっ(笑)

タクシーに乗っている時は、もちろん売れっ子気分を味合わせて頂きました(笑)

青山スタジオに到着してまもなく、ディレクターから
「クライアント様確認が今ちょうど終わった所で、特に修正はありませんでした!」
と言われ、

充実感たっぷりで現場を後にしました・・。

今、APHで教わっている講義がそのまま生きています。

本当にありがとうございます。

海外アニメ第2弾の吹替のお仕事!まさに自分なキャラクター!

今日は、待ちに待った海外アニメの吹替でした!

こちらは、去年に引き続き第2弾ということで、
シリーズ化していることに感謝です。

私の役は、まさに私自身と言っても過言ではない位(笑)、
自分の性格が投影された鳥です。

約3分程のアニメを20話分頂き、
約1週間で準備をするという相変わらず無茶ぶりな現場ではありますが、
稽古がとても楽しくて仕方がありませんでした。

ずっと子供番組に携わりたくてたまらなかった!
そんな熱い想いをエネルギーとしてセリフに乗っけて、本番は挑みました。

ディレクターからの演出はほぼないに等しく、私にお任せ状態でした。

おかげさまで、変に堅くならずに、伸び伸びお芝居することができたと思います。

また、今APHで稽古している「明るさ」を
●●から全身を使って音に乗せることや、
◎でセリフが言えるように意識は持ちましたが、
この技術は奥が深いので、ここからだな~と感じます。

本当に楽しくて、またやりたいっっ!という想いでいっぱいなのと同時に、
まだまだ技術が追い付いていないこともヒシヒシと感じました。

今はエネルギーいっぱいで表現していますが、
さらにそこを技術で補うことで、
もっと子供たちに良い影響を与えられたら良いなと思います。

次回も楽しみます!

外画吹替レギュラーのお仕事!芝居に変化が見えました

今日は外画レギュラーです。

コロナの影響はまだ少しあり開始の時期は半年ほどズレ込んでいます。

このレギュラーが始まるまでの間、
仕事の数が減り厳しい状況になり自分はネットでの活動を始めました。
しかし半年間一本もネットでの仕事が取れず、
自分のダメな所に直面する事になりました。

そしてようやくネットでの初めての仕事が取れたすぐ後にこのレギュラーが始まりました。

家での稽古から大きな感覚の変化がありました。

自分はここ何年も芝居の幅、枠が固まってしまい、
そこから抜け出せずにいました。

しかしレギュラーの台本をやっていると、
ハッキリとその枠が外れているのがわかったのです。
セッションでの代表からのエバリエーション。
ネットで活動するために自分のやりたい事、好きな事をサンプルという形にする事。
そのおかげでガチガチに固まっていた芝居と考え方がようやく解れ始めたようです。

稽古から楽しかった。

吹き替える元の映像の役者の芝居を完全に無視するのではなく、
その芝居をベースに日本語で喋り日本語吹き替え版の役者と会話をして
膨らませたり抑えたりとカスタマイズしていきました。

今回の台本はセリフ尺に対してやや文字数が足りない傾向があったのでそこには注意が必要でした。
同日にも「あと一文字分足りない」とディレクターから言われてしまいました。

しかしその言葉の前に
「お芝居は大変良いんですが」
と付いていました。
これは嬉しかった。
固まった芝居が解れ始めた事で良い方向に行ったようです。

とはいえ一文字分埋めなければいけません。
小さいアドリブや息遣いなどの変化を加えて合わせていきました。
なかなか大変でしたが手応えのある現場でした。

そしてもう一つ。
下半身の力みを少し取る事ができました。

自分は足元の不安定さが嫌で膝を伸ばしてガッチリ固めてしまう癖がありました。
緩めようと四苦八苦して少しずつマシになっていたのですがまだまだ力みが取れませんでした。

セッションで今まで教わっていた事の意味をもう一段階深く詳しく教わった事で、
自分の癖がより理解できたのかかなり柔らかく立つ事ができたのです。

そこから首や肩周りの力みもマシになりました。
が、どうも身体が不安定になる。
これが怖い。
別に声が出なくなるとかはありません。
ある意味、身体の自由度が増して良いのだと思うのですが
ガッチリ固めていないと自分が不安なのです。

しかしこの不安定さを自由度と考えて力まず演じていきました。
これは良かったのか???
早く配信を確認したい所です。

初ネット上のお仕事!これまでとは違った形式で戸惑いました

ネットでの初仕事が来ました‼︎

今までやってきた事務所からの仕事
それとは全く違うネットで個人で取っていく仕事です。

やろうとしたのはもう4ヶ月も前ですが、
今まで全く仕事を取る事ができませんでした。
結論から言うと自分の中にブレーキがあり真剣に取り組んでいなかった事、
ネットにある仕事の傾向に自分がどうアプローチすれば良いのかを全くわかっていなかった事が原因でした。

今までの仕事のラインで厳しい状況になり、
生き残ろるために新しいラインを開拓しようとネットでの活動を始めました。
4ヶ月間全く結果を出せなかった所で、
代表から厳しい言葉と重要なアドバイスを頂いて
ようやく仕事に繋がるラインがどこなのかが分かりました。
有難うございます。

そのアドバイスを元に方向を合わせサンプルを作り直しネットに上げ、
紹介して頂いた本を読みながら自分のダメなところを見直していると…

来ました‼︎
ネットでの初仕事‼︎

どうも入れ替えたサンプルを聴き、
そこから最初から上げていたセリフサンプルを聞いて気に入ってくれたようです。

嬉しかった。

ようやくネットで仕事を取る事ができて。
今までプロだと仕事をしていても、
いざ個人で動いたら全く仕事が取れず、
自分の腕では通用しないのか?
事務所の名前や人付き合いだけで仕事をしていたのか?
といろいろ考えてしまいました。

しかし事務所という足場に安心して緩んでしまっていたのは自分自身でした。
仕事が取れない原因は自分でしたが、
全く違う所が原因でした。

精神面の大切さも同時にわかりました。
この一本は本当に大きい一本でした。
自分を選んでくれたクライアントさんにも感謝です。

さて、
依頼のメールには
「このサンプルのこの部分を多用して下さい」
とありましたが、
自宅での録音なのでディレクターがついてアレコレ演出が入るわけではありません。

原稿と参考資料から自分で方向を決めなければいけませんでした。
最近、吹き替えの方で元の映像の枠に囚われて自由な発想ができなくなっていたのですが、
この仕事は枠がなさすぎる上に、
大変分かりやすく面白い原稿だったので
方向を理解した上で思いっきり自由にやれたと思います。

これはけっこう面白いものになったのでは?

経由するネット事務所に音源を出して反応を待ちました。
ネット事務所からは音源を受け取ったとメールがありました。
さてクライアントの反応は?

ネット事務所からギャラの請求方法の案内が来ました。

え?終わり?
クライアントOKは出たのか⁉︎

とりあえずギャラの手続きを済ませ二、三日待ちましてが何も連絡はありません。
終わった…のか???

後日、個人レッスンで代表に報告すると
「ネットの仕事はそれで終わりだよ。」
と教えて頂きました。
こ、これで終わりか…
とりあえず問題はなかったようでよかった、のかな???

ネットの仕事は今までやっていた仕事とは、
手順も流れもかなり違う所が多く戸惑いました。
しかし仕事は「声優」であり「芝居」です。
ここは変わりません。

この一本を足掛かりにどんどんやっていきたいと思います。

VPナレーションのお仕事!それぞれ求められるテンポ

本日は、朝から収録をして参りました。

リピート案件やご指名案件を頂き、有難いです。

まず、某電力会社の1万文字以上のeラーニングからの収録でしたが、

いつもよりとてもゆっくりなテンポを求められました。

APHで教えて頂いている句読点のポイントを使いながら間を取るようにしましたが、

ゆっくり聞こえるように話すのはとても難しかったです。

また、今取り組んでいる姿勢で足裏から力を持ってこようと意識しましたが、

まだまだ上半身に力が入るのがわかります。

そこで余計な力を入れないで◎◎の位置を決め直しながら、「楽」に話すことを心掛けました。

まだまだ自分の持つ響きを出しきれていませんが、響きを育てていける可能性・伸びしろを感じることができました。

次は、某企業の職場改善に関する動画ナレーション収録で、先ほどとは打って変わり、テンポは速めで要求されました。

先ほどの姿勢を意識しつつ、足裏から高音に持ってくる技術で、明るい響きで話すようにしました。

親しみやすい感じでとクライアントさんから要望もありましたので、所々、世話に落として話すようにもしました。

1本目の原稿では、ゆっくり・淡々と・一定速度だったのに対し、二本目は真逆のことを求められ、面白かったです。

どちらも自分の響きにこだわって、ボディボイスを使うことには変わりないので、しっかり稽古して参ります。

常に今の自分のベストを出し切り、都度、現場で自分のベスト更新していきたいと思います。

外画吹替のお仕事!ディレクションに応える技術

今日も外画です‼︎

今日は誇張した芝居を好まないディレクターSさんの現場です。

作品もドシリアスでずっと静かな緊張感の漂うストーリーでした。
自分はメインキャラと仕事場で話をする同僚の役です。

四人でガッツリ会話をするシーンでの自分の役、
この話数だけとは言えメインの一人でした。
これだけ会話で絡めるのはやはりとても楽しい‼︎

相変わらず少人数での収録ですが、
このシーンで会話する四人は揃っています。
久しぶりに同じ空間で相手と芝居をする感覚が味わえました。

ディレクターSさんからは
「ここはもう少し気楽な世間話に」
「ここは一瞬だけどもっとピリッとした緊張感を」
と詳細な注文が来ます。
それに応えながら喋り始めの音の高さやスピードなどを変えながら演じていきました。

自分は技術的にはまだまだ荒く感覚的ですが、
セッションで音、喋る時の口の使い方など技術の大切さを感じています。
今自分にできる事を全て使って丁寧に演じました。
とりあえず今日は手応えがありました。

自分はジュニアランクから一つ上のランクになりギャラが上がりました。
そのギャラの重みをもっと理解して厳しい状況を生き抜いていこうと思います。

外画吹替のお仕事!癖になってしまっていること

今日も外画です。

最近ちょくちょく読んでくれるディレクターKさんの現場です。

テストで厳しいダメ出しをもらいました。
「モブ(その他大勢のちょい役)芝居がクセになってるよ」

自分の心に突き刺さりました‼︎

いかん‼︎と切り替えて本番ではOKが出ました。
しかし今の自分の課題を明確に指摘されました。

自分はレギュラーとしてメインキャラを演じた事はあります。
しかしほとんどの場合、その話数に出てくるちょっとした役が多く、
いつも大きな役をもらえるほどではありません。

ここから主役がやりたい‼︎と悪戦苦闘していますが、
ちょっとした役で変に出しゃばる事はできません。
しっかりとそのシーンにあった芝居をやろうとしてきました。
そのその他大勢にハマるように演じるのがクセになってしまいそこに慣れてしまったのだと思います。

自分は今厳しい状況です。
そこから上に上がるにはこれから本当に自分の芝居を作っていかなければ、
業界で生き残る事ができない状況になっています。

ディレクターKさんは裏表なくストレートに物事を言ってくれる方です。
今回の自分にとって厳しい指摘はむしろチャンスだと考えて次回に活かしていこうと思います。