「プロになるまでの全て!」Tさん編04

ケッケコーポレーションの預かりになった。
週に一度だけ音響監督のレッスンがあって、
一年後の査定に合格すれば、準所属といった具合だった。

よし、思い描いた通りになっている。

しかし大きな問題があった。
それはアフレコに対する違和感。
口先だけのお芝居が、なんか気持ち悪い。
まだ私はその技術を見抜けなかった。

最初はアイドル声優を目指していたので矛盾しているかもしれないが、
私は、お芝居のできる役者になりたかった。
でも今流行りのアニメは声質に注意がいく。
私が目指しているのはそこじゃないな。とか何 とか言って直面できなかった。
自分も声優ブームの影響を受けたくせに、まったく偉そうだ。

音響監督のレッスンで扱うのは、「アニメ」だった。
声だけで表現することに違和感しかない。
監督は技術的な事は何も教えてくれない。
ディレクションを取るだけだった。
どうやるのか教えてほしい。
これまで習ってきたダンス、歌、芝居が全く役に立たなかった(笑)
目の前にチャンスが来てるのに私は趣味のダンスに逃げた。

夏にダンスフェスティバルというダンス公演のオーディションがあった。
本番は12月前半。
劇団ひまわりでお世話になった大好きなS先生がメインで振付をする。

やりたい!

もはやマイク前よりも舞台に魅力を感じる私は、
そのオー ディションを受けて、見事に合格。
事務所に相談なしで稽古に参加していた。
ここから歯車は狂い始めていたと思う。
この時点で、これまでの人生で1番と言っていいほどの痛みを味わう事になるとは、
知るよしもなかった。

1ヶ月後、事務所の代表に
「お前、年末に有る事務所主催の舞台に出るか?」と誘われた。
純粋にやりたいと思った。
しかし、このタイミングで引き受けてしまったら、稽古が重なり迷惑をかける。
わかっていたはずだった。

しかし、私の脳みそは事務所の預かりの立場として、その誘いを断るべきでないと判断した。
その瞬間、「はい、やります」と即答していた。

時を戻せるなら、戻したい。
もしも過去に戻れるなら正直に言ってほしい 。
「私はダンスの公演が有りますので無理です」
この一言で、S先生を裏切らずに済む。
人生で1番辛い決断をしなくて済む。

でも、もう遅い。
結果的に私は12月に舞台が二つ決まってしまった。
二つの稽古に参加し、両方の舞台を成功させれば問題ない!
そう思い込んだ。
何を根拠にそう思えるのか本当に不思議だが、何ともお気楽すぎる。

最初は上手くバランスが取れていたが、徐々に稽古が被るようになった。
スケジュール調整がまあ、難しい。

事務所主催の舞台では新人として、先輩よりも早く来て掃除をして準備するべきなのに、
遅刻や早退が多い。
なぜならもう一つ舞台を抱えているから・・・。
でも、それは誰も知らない事実。

一方、 ダンス公演の稽古も、本格的になってきた。
衣装や立ち位置が決まり、カッコいいチラシも出来上がっていた。
この頃から稽古場をハシゴできる余裕が無くなってきた。
限界だった。

この日も途中でダンス稽古を抜けた。
他のメンバーに対して、罪悪感が募る。
いまさら、二つの舞台を抱えてるなんて言えない。
「どっちか片方にしたい」
これが私の本心だった。

コントロールできないスケジュールを組んでしまった私のせいだ。
社長を目の前にして断れなかった私のせいだ。
そう・・全部、自分のせいだった。

そして、我欲だけで動いてしまった私にバチが当たった。
この場面にはできるなら遭遇したくなかった。
でももう避け られなかった。
私はダンス公演を辞退したのだ。

あの夜の出来事は今でも忘れない。
S先生に電話で降板すると伝えた。
先生は静かに怒っている。
私を引き止めようと説得してくれているのに、
その想いに応えられない。
結局、自分の我儘を貫き通してしまった。

最後に先生は諦めたように
「みんなの事はどうでもいいの?」と尋ね、
「申し訳有りません」と伝えると
「わかった。もう勝手にしなさい」と言って電話が切れた。

涙が止まらない。
劇団ひまわりに入りたての私を支えてくれた恩師なのに。
ダンス未経験の私を諦めずに指導してくれたのに。
どうして私はダンスを選ばなかったんだろう。
どうして事務所の舞台を選んでしまったんだろう 。

結局私は自分の将来を選んだのだ。
アフレコができないくせに、なぜか準所属を狙っている。
恩師を裏切ってまで入るべきなんだろうか?

ほんとに私の行動は有り得なかった。
こんなんで成功するわけがない。

2ヶ月後、事務所の査定が有った。
私は完全に目的を見失っていた。
それなのに、受かるかもしれないと少し期待していた部分もあった。
わけがわからない。

結果見事に落ちた。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
神様はみている。
自分の事しか考えていない罰だった。

何もかも失った。
声優事務所に入るための道も。
そして大好きなS先生も。

これからどうしようって思うのに、
これからが考えられなかった。
どうし てもS先生やメンバーに対して、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

その度に「役者なんてやる資格すらない。」と自己否定を始める始末。
役者を目指す事を辞めれば楽になれるかもしれない。
でも、どうしても役者を諦めきれない。

5月。自分の罪悪感を拭うために、S先生に謝罪する事に決めた。
S先生主催のダンス公演に出向いた。
怖かった。無視されたらどうしよう。
足が震えていた。

終演後に直接謝るとS先生は明るく、
「もう気にしないのよ!」
と私の肩をポンポンと叩いて、その場を離れた。
感謝しかなかった。
救われた。

前を向いていいんだ。
その許可をもらった気がした。
もうこんな苦しい思いはしたくない。
それか らの私はいろんな事に慎重になっていったのだ。

さて、これからどうしようか・・・。

(10年以上経った今でもS先生とは年賀状のやり取りをしています。
S先生、本当にありがとうございます。)

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