早朝。
小学校に到着した瞬間、懐かしい気持ちと不安が入り混じる。
目の前に広がる校庭、校舎、体育館。
初めての体育館は、まあまあふつうの体育館。
体育館にも質がある。
舞台の広さ、舞台袖の広さ、入り口から舞台上までの距離(荷物を運ぶ時間が変わる。)
そして稀にある二階の体育館(これは荷物を全部階段で運ぶので、本当にきつい。)
緞帳の有無。暗幕の有無。音の反響具合、電気の量、ほこり。
全部違う。
芝居以外のこともメンバーで行う。
私は暗幕の係。
トラックから体育館へ荷物の搬入が終わると、
腰にガチ袋を付けて、片手に脚立を持ち、暗幕を締めにいく。
稀に、ボタン一個で全てのカーテンが閉まる電動タイプもある。
もともとカーテンが有れば、光が漏れないように
両端を洗濯バサミで止めたり、ガムテープで止める。
カーテンが無かったり、破れている場合は持参している幕を釘で軽く打って止める。
最初は慣れなくて、ナグリで指を打つ事もあった。
役者がそれぞれの役割を持ち、舞台を作る。
本番が終われば元通りにする。
1日があっという間に終わる。
終演後片付けを終え、明日公演する学校近辺のホテルに向かう。
同じ県内の移動は、ほとんどない。
岐阜から大阪、大阪から岡山、岡山から広島、広島から山口、山口から福岡
そして、九州地方で1ヵ月以上滞在をする。
この先、車で何度も関門海峡を行き来することになる。
役者とスタッフさんが交代しながら運転を行う。
一日の移動時間は平均すると4時間くらい。
1年目の私は後ろの席で爆睡だった。
夜ご飯は、サービスエリアで済ませる時もある。
ホテルに着くのがてっぺんを超える時もある。
次の日、朝5時出発だったりする時もある。
土日休みのはずなのに、
土曜日が移動日になり、車中に7時間いることもある。
日曜日は、お昼まで睡眠。
洗濯して、体力が残っていれば散策に繰り出す。
これが私のこれからの日常だ。
![](https://aph-1.com/wp-content/uploads/2018/11/tokei.jpg)
サラリーマンには会社があるように、私には毎日舞台があった。
生活と舞台が隣り合わせになると、その日の体調や気分が舞台にひびく。
毎日ベストを尽くしたいけど、波がある。
疲れが取れないまま、舞台に立つ。
正直、しんどい。
でも私は、長く続けることとなる。
今しかできない。今だからできることだった。
そして、本当に好きなことだった。
さて、開場30分前。
初めて完成した舞台とご対面。
照明が入って、そこは別空間だ。
早速、役者はマイクチェックと、場当たりを行う。
スタッフさんは照明チェックをする。
緊張してきた。
体育館に子供たちがクラスごとに入ってきた。
「うわ〜」「すご〜い」「なにあれ〜」
みんな、いつもと違う風景に驚いている。
幕を張った楽屋で化粧をしながら、その子供たちの反応に嬉しくなる。
いよいよ本番が始まった。
セリフも歌詞も間違えなかった。
ダンスもこけなかった。
そして、早替え!大丈夫!間に合った!
本番中に気付いた。
カツラが少し右にずれている。
やばい。私、クビだ。
でもここは耐えるしかない。
最後の変身だ!早替え!
間に合った!髪の毛ボサボサだけどね!
汗が・・・・尋常じゃない・・・
暑すぎる。
きっと、見ている方も暑いだろう。
しかし、この魔女の衣装を見てほしい。
まるでウェディングドレスのような、全身を覆い尽くす、素敵な衣装。
暑いのだ。
最後、カーテンコールでお辞儀をする。
はて・・・・
私は、お芝居をしたのだろうか?
どうしよう。完全にこれ・・段取りだったよね?
ただ、台詞をそれっぽくしゃべることでいっぱいいっぱいだった。
環境の悪条件に飲み込まれ、思い描いた芝居ができない。
正直、もっとできたはずなのに、全然できなかった。
伝わったのだろうか?
拍手は聞こえる。
無事に終わったんだ。
でも、カツラがずれたからクビだ。
最初で最後の舞台だ。
ありがとう。
さようなら。
本気でそう思い込んで、舞台袖で泣いた。
初日はこんな感じだった。
最初の1か月分のお給料は、諸々差し引かれ28万円。
その時のバイトの給料よりも多かった。
でも、ずっと家に帰れない上に、尋常じゃない程の激務なので
今考えるとあまりに安いと思う。
しかし、好きな事でお金を稼ぐという幸せを体感した。
やりたい事だけで暮らせるのは有り難いこと。
夏休みや冬以降の本番がない時だけアルバイトをした。
実力はともあれ、プロになったのだ。
![](https://aph-1.com/wp-content/uploads/2018/07/border.png)
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