「プロになるまでの全て!」Tさん編07

早朝。

小学校に到着した瞬間、懐かしい気持ちと不安が入り混じる。
目の前に広がる校庭、校舎、体育館。

初めての体育館は、まあまあふつうの体育館。
体育館にも質がある。

舞台の広さ、舞台袖の広さ、入り口から舞台上までの距離(荷物を運ぶ時間が変わる。)
そして稀にある二階の体育館(これは荷物を全部階段で運ぶので、本当にきつい。)
緞帳の有無。暗幕の有無。音の反響具合、電気の量、ほこり。
全部違う。

芝居以外のこともメンバーで行う。
私は暗幕の係。
トラックから体育館へ荷物の搬入が終わると、
腰にガチ袋を付けて、片手に脚立を持ち、暗幕を締めにいく。
稀に、ボタン一個で全てのカーテンが閉まる電動タイプもある。

もともとカーテンが有れば、光が漏れないように
両端を洗濯バサミで止めたり、ガムテープで止める。
カーテンが無かったり、破れている場合は持参している幕を釘で軽く打って止める。
最初は慣れなくて、ナグリで指を打つ事もあった。

役者がそれぞれの役割を持ち、舞台を作る。
本番が終われば元通りにする。

1日があっという間に終わる。
終演後片付けを終え、明日公演する学校近辺のホテルに向かう。
同じ県内の移動は、ほとんどない。

岐阜から大阪、大阪から岡山、岡山から広島、広島から山口、山口から福岡
そして、九州地方で1ヵ月以上滞在をする。
この先、車で何度も関門海峡を行き来することになる。

役者とスタッフさんが交代しながら運転を行う。
一日の移動時間は平均すると4時間くらい。
1年目の私は後ろの席で爆睡だった。

夜ご飯は、サービスエリアで済ませる時もある。
ホテルに着くのがてっぺんを超える時もある。
次の日、朝5時出発だったりする時もある。

土日休みのはずなのに、
土曜日が移動日になり、車中に7時間いることもある。

日曜日は、お昼まで睡眠。
洗濯して、体力が残っていれば散策に繰り出す。

これが私のこれからの日常だ。

サラリーマンには会社があるように、私には毎日舞台があった。
生活と舞台が隣り合わせになると、その日の体調や気分が舞台にひびく。
毎日ベストを尽くしたいけど、波がある。
疲れが取れないまま、舞台に立つ。

正直、しんどい。

でも私は、長く続けることとなる。
今しかできない。今だからできることだった。
そして、本当に好きなことだった。

さて、開場30分前。

初めて完成した舞台とご対面。
照明が入って、そこは別空間だ。
早速、役者はマイクチェックと、場当たりを行う。
スタッフさんは照明チェックをする。

緊張してきた。

体育館に子供たちがクラスごとに入ってきた。
「うわ〜」「すご〜い」「なにあれ〜」
みんな、いつもと違う風景に驚いている。
幕を張った楽屋で化粧をしながら、その子供たちの反応に嬉しくなる。

いよいよ本番が始まった。

セリフも歌詞も間違えなかった。
ダンスもこけなかった。
そして、早替え!大丈夫!間に合った!

本番中に気付いた。
カツラが少し右にずれている。
やばい。私、クビだ。

でもここは耐えるしかない。
最後の変身だ!早替え!
間に合った!髪の毛ボサボサだけどね!

汗が・・・・尋常じゃない・・・
暑すぎる。
きっと、見ている方も暑いだろう。
しかし、この魔女の衣装を見てほしい。
まるでウェディングドレスのような、全身を覆い尽くす、素敵な衣装。
暑いのだ。

最後、カーテンコールでお辞儀をする。

はて・・・・
私は、お芝居をしたのだろうか?
どうしよう。完全にこれ・・段取りだったよね?

ただ、台詞をそれっぽくしゃべることでいっぱいいっぱいだった。
環境の悪条件に飲み込まれ、思い描いた芝居ができない。
正直、もっとできたはずなのに、全然できなかった。

伝わったのだろうか?
拍手は聞こえる。
無事に終わったんだ。

でも、カツラがずれたからクビだ。
最初で最後の舞台だ。
ありがとう。
さようなら。
本気でそう思い込んで、舞台袖で泣いた。

初日はこんな感じだった。

最初の1か月分のお給料は、諸々差し引かれ28万円。
その時のバイトの給料よりも多かった。
でも、ずっと家に帰れない上に、尋常じゃない程の激務なので
今考えるとあまりに安いと思う。

しかし、好きな事でお金を稼ぐという幸せを体感した。
やりたい事だけで暮らせるのは有り難いこと。
夏休みや冬以降の本番がない時だけアルバイトをした。

実力はともあれ、プロになったのだ。

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