「プロになるまでの全て!」Tさん編10

役者を目指してる人に会うと、よく警戒していた。

常に比較され続けてきたので、
「周りは敵だ」という固定観念があった。
今となっては、そう思い込む自分の視野の狭さに笑ってしまう。

しかし私が目指している世界は、
仲間を蹴落とさないといけないんだと本気で思っていた。
でも私は傷つきたくないから争いたくなかった。

前に出ていこうとする自分と前に出ないようにする自分がせめぎ合い、
結局、前に出ない方を選んだ。
専門学校時代は、特に遠慮のかたまりだった。
自分の意見を言わない。
演じたい役は人に譲る。

しかし養成所時代は、それじゃだめだ!と、
敵対心むき出しにして、わざと友達を作らなかった。
無理やり、前に出ようとしてみたのだ。

わかったのは、どっちも気分が悪いということ。
そりゃそうだ。
周りを敵として見ている根本が間違っているのだから。
そもそも周りは敵ではないのに。
そんなシンプルな事にさえ、気づけなかった。

だから、いつまでたっても競争社会での振る舞い方がよくわからなかった。
人から嫌われたくない想いが人一倍強い私は、遠慮が身に付いた。
といっても、ただ控えめな感じに見せてるだけ。
心の中では「自分の方ができる」って思い込んでいたので、
相当、腹黒い女だと思う。

しかし、達者な人の前でその思い込みは通用しない。
たちまち、ひるんでしまう。
私の実力が足りないから、太刀打ちできないのだ。

本当はひるみたくない!
遠慮がちにもなりたくない!
でも前に出すぎて嫌われたくない・・・

結局、人から嫌われないように振る舞っていた。
俗に言う「良い人」だから、人間関係を保つには良かった。
とにかく人から良く思われたくて仕方がなかった。

こんな具合なので、
APHを見学する時も自分がどう見られるかに注意が向いていた。
さらには警戒心も有る。
同じような目的を持った役者の集まりなのだから、
我が強く、自己アピールの強い人達がいるんじゃないかと、
これまでと同じような競争社会を想像していた。

だから私は最初、既存メンバーに負けないように、
自信があるフリをしよう!考えてるフリをしよう!
そうやって、自分を良く見せようとしていた。
そして、前に出過ぎないように良い子でいながら面談に臨んだ。

面談の記憶は、曖昧な部分も多いけど、
インパクトのある部分だけは私の中に残っている。
あの日は私の転機となった。

代表を目の前にし、とても緊張したのを覚えている。
今まで感じたことのない気迫を感じた。
私が目指しているプロの世界の人だとすぐわかる。
温かく握手で迎えてくださり、面談が始まった。
何を聞かれるのか、とても警戒していた。

最初は、良い子を演じて表面的に対応していた。
今思うと、お前はロボットか!とツッコミを入れたいくらいひどかった。
それでも代表は真摯に対応してくださった。
(本当に、ありがとうございます。)

今の状況や、ここに来た経緯を話しながら、
少しずつ緊張がほぐれていく。
といえども、なんか見透かされている感じがして、
・・こ・・わ・・い・・(笑)
でもそう感じたのは、私が正直でいようとしていなかったから・・。

代表から、今1番困ってる事は何か?悩みは何か?と聞かれたので、
演出家のダメ出しに対応できなくて困っている事を伝えた。

すると、代表は私がどういう状態なのかを丁寧に説明して、
これからどうしていくのが最適かをホワイトボードに書き始めた。

今現在もそうだけど、
ここまで傾向と対策を具体的に言ってもらえる処を私は知らない。
これまでの劇団、専門、養成所は、
「それじゃだめだよ」とか、言いたいこと言って泣くまで追いつめてくる。
それで最後の最後に、「よくなったよ!」と褒めて、
できたような気にさせてくる。

でも何がどう変化して何が良くなったのか
具体的には言ってくれない。
これまで出会った偉い人は、感覚だけで、物事を判断して、
それが1番だと思い込んでる人がほとんどだった。

代表は全部仕組みで説明している。
裏付けがしっかりしていて、
とてもシンプルで納得のいくものだ。
これまでとは次元が違いすぎて、聞き入ってしまった。

さらには代表から痛いところを突かれドキっとした。
まさにその通りだった。
私は現場で通用する技術を持っていない。
つまり実力がない。
うすうすと感じてはいたけど、認めたくない事実だ。
私を支えていたのは、根拠のない自信だけだという事に初めて向き合った。

私は少なからず、できる気になっていた。
場数を踏んで慣れてきたら、すぐできると勘違いしてしまう。
実力は経験値に比例すると思っていた。

さて、私はどうする?
代表は何かを押し付けてくるわけではない。
決めるのは自分なのだ。

私の将来の話になったので、迷わず代表に私の本音を伝えた。
誰が聞いても無謀だと思う夢を、初対面の代表に話していた。

代表は「それは無理だよ」とも「うん、きっとなれるよ。頑張って」とも言わない。
夢がリアルになる事が前提で、どう動いていけば良いのかや、
どうやって芝居の実力をつけていけばいいのかを丁寧に淡々と説明している。
全てが具体的だ。
私が、この先どうするべきなのか、ここに答えがある。

なぜか涙があふれた。
ここで実力をつけていきたい。
何かわかんないけど、なんか他と違う。
本当の事がわかる。

さらに、来ている人全員が優しく接してくれた。
その優しさは心から人を助けようとする姿勢そのもの。
私に欠けていたものだ。

皆それぞれの場所で戦っていて大変なのに、明るく見える。
そこにいる全員が、味方であり同志。

私はAPHという新しい環境に迷わず飛び込んだ。

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