「プロになるまでの全て!」Tさん編06

小学3年生の時に、芸術鑑賞会が有った。
劇団の人が、体育館で演劇を見せてくれる。

正直、話の内容は全く覚えてないけれど、
その時のウキウキして体育館に向かった気持ち。
まだ観ていたいと思った気持ち。
体育館が、いつもと違う風景になった驚き。
生徒全員が盛り上がって、笑ってる空間。

それは不思議と覚えている。
今度はそれを私が行う立場になった。

残念ながら、世間の巡演の評価は低い。
理由は色々あると思う。

私はというと、
子供向けの作品が好き。
絵本が好き。
子供が好き。
巡演は私にピッタリだった。

けれども、ずっとここにはいないだろう。
いつかはビッグになってやる!という野望を持っていた。

私が入った団体の名前は「星の雫」
実際、団体の知名度はない。
しかし毎日公演があり、恵まれた劇団だった。

元宝塚の人や元四季の役者を使っていたので、
営業しやすかったのかもしれない。
劇団も学校公演は低レベルだという印象を覆そうと必死だった。

舞台設備も、とことん凝っていて、
流れ星や星空を作ったり、雪を降らせることもある。
さらには12キロもある重たい平台を14枚持っていき仮設舞台を作る。

役者はその仮設舞台で動き回り、
子供達の近くで、芝居ができるように創意工夫していた。
だから、うちの劇団の荷物は2トンロングトラックに満杯。
本番当日の搬入と準備には、3時間以上はかかる。

質の高い作品を子供たちに見せるという方針を定めた「星の雫」は、
先に台本をオリジナルで描き、メンバーは全員オーディションで集めた。

1年契約で実力なければ、クビ。
生演奏の作品になり、楽器ができる役者でないとダメという制限ができるまで、
毎回、オーディションがあった。

一年目の私はダブルキャスト。
まず初めはお試し期間。
年間200公演ある本番に穴を開けられない。
何が有ってもいいように備えあれば憂いなし。

私はこのダブルキャスト設定が苦手だった。
比べられたくない。
役をとられてしまう。
不安しかない・・・。

というのも、専門学校の時の苦い記憶が重なってしまうのだ。
いつも比較されて評価をされる。
私は、できの悪い子。
そういう嫌なものが私を刺激してきた。

稽古している時も、周りの目がすごく気になった。
実際、私は他のメンバーから歌がうまいと思われていた。
しかし歌ってみると、「あっそうでもない・・普通じゃん。」みたいな空気になった。
どんどん落ちていった。

実は上手くなかった・・。
そう思われることが、一番怖かったのだ。
結局、自分が良く思われたかっただけの素人だ。

稽古場は、私が私でいられない。
他の人よりダメ出しが多い。
苦痛で、逃げ出したかった。

それに比べて、相方はめちゃくちゃ良い人で、沢山助けてくれた。
それなのに・・・私は感謝をどれだけできたのだろうか?
とにかく、押しつぶされて自分のことしか考えられなかった。
周りがライバルにしか見えない。

もうやめたい。
始まったばかりなのに、すでに弱音を吐いていた。
せっかく、引き抜かれたのに期待に応えられない。
なぜか期待を自分でプレッシャーにしていた。

弱い自分になって、責任から逃れて、周りから同情してほしかったんだろう。
甘えている。

一方で、芝居のこと以外にも、不安要素を感じていた。

不安①完成した舞台設備とは本番当日初めてご対面する。
不安②設備を見てないのに場面転換で、私が動かす道具があるらしい。
不安③マイクをつけること。
超不安④早替え。

稽古場は、文化センター。
大道具や衣装は、レンタル倉庫を借りて保管。
稽古場に道具や衣装を毎回持ち込めない。
リアリティに欠けたまま稽古をすることは、新人の私にとっては酷だった。

この時の自分に、「もっと楽しめばいいのに・・」
なんて言ったところで、響かないんだろうな(笑)

私の初日は、確か・・岐阜県だったかな。
スーツケースに荷物を詰め込んで、東京から岐阜まで車で向かう。
稽古以外は楽しかった。

めったに乗らない車で、高速道路を走り、お昼ご飯はサービスエリアで食べる。
用意されたホテルに泊まる。
シングル部屋で明日の準備をする(昔は大部屋が当たり前だったみたい)
これからはずっとホテル生活だ。

明日は本番初日。
台本ばかり読んでいた。
正直、気が気でない。
だって本番同様の通し稽古は、一回もしてない。

これを面白がれるかどうかがプロと素人の境目なんだけどな・・

「・・・・早替えがちゃんとできますように・・・・
・・・・特に、魔女のカツラが落ちませんように・・・・」

・・・まあ、面白がれる余裕は・・ないか・・

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「プロになるまでの全て!」Tさん編05

居場所を失った私はバイトとレッスンに明け暮れた。
ダンスの先生やメンバーに対しての罪悪感が完全に消えたわけじゃない。
ずっと心に引っかかっている。

どうやったら、それを乗り越えて、完全に抹消できるのだろうか?
むしろ消さずに、生涯ずっと抱えていくべきなのか?
まったくわからないまま小劇場の舞台に参加し、役者として細々と活動していた。

舞台は好きだけど、その行為はプロと言えないことはわかっていた。
本当は子供番組がやりたいけど、
またどこかに通って事務所に所属しようという気が起 きなかった。
今は人とのつながりを大事にして、一個一個やるしかない。

そう思ってオーディション雑誌を片っ端から見て、
気になる舞台のオーディションを受けては落ち、受けては落ちを繰り返した。
だんだんモチベーションが下がった。
だからレッスンに行きまくった。
それしかないと思っていたから。

ある日、長年お世話になっている歌の先生がくすぶってる私を見て、
オーディションを紹介して下さった。
「知り合いが振付をしていて信頼できるから受けてみたら?」
先生が見せてくれたそのチラシには
「子供ミュージカル出演者募集」と書いてある。
子供達と劇団員が楽しそうに交流している写真が掲載されていた。

題名 は「スクラップ」
ゴミ捨て場にあるものを楽器に変えて歌を歌ったり、
ゲタでタップをするというミュージカルだ。

あっ、これ受けよう!
久しぶりにピンときた。
子供達と何かをしたかった。

書類を送ると一次審査通過の合格通知が届いた。
早速歌の先生に報告をして、二次審査を受けに行った。

審査内容は歌、ダンス、リズム感。
会場は、天井が高く、声も響く。
歌は、自分が好きな曲を選んで持っていくのだが、
女子全員が「パート・オブ・ユアワールド」というディズニーの曲を用意してきたので笑える。

とても緊張したけれど、歌もダンスものびのびできた。
久しぶりに良い感覚だった。
無事に審査が終わり 、帰ろうとした時に、
審査員の1人から「一緒に仕事したいです」と言われた。
「ありがとうございます!」とお礼を言うのと同時に、舞い上がった。

確信を突く一言だった。
間違いない。
受かった。
オーディションに受かった!
まだ結果が出てないのに、嬉しくてたまらない帰り道だった。

次の日、バイト中に携帯をポケットに入れて、
今か今かと合格の連絡を待ち構えていた。
合格者には今日中に電話が来る事になっている。
ソワソワして、バイトどころではない。
いらっしゃいませ〜♪♪♪
多分、私の意識はどっかに飛んでいた・・(笑)

もうそろそろ勤務が終わるのに
いつまでたっても電話がかかって来なかった。
いつでも電話対応 できるように、トイレに行く準備もできていた。
それなのに、電話はかかってこない。

「一緒に仕事したい」って言われたのに。
なんでだろう・・。

結局、電話はなかった。
確信を持った分だけ、がっかり度が半端ない。
落ちた。
信じられなかった。

数日後、知らない番号から電話がかかってきた。
確か、留守電メッセージが残っていて折り返した記憶がある。

「この前受けてもらった「スクラップ」とは別の作品に出て頂きたいので、
明日うちの事務所に来れますか?」という内容だった。
断る理由もないので、よくわからないまま「はい!」と即答した。

しかし・・一体、何が起きたのか全くわからない 。
私が受けた団体とは別の所から連絡を受けたのだ。

疑問を持ちつつも歌の先生に報告した。
すると、先生はすでに知り合いの振付家から事情を聞いていたようで私にこう話してくれた。

審査をしていた1人が、私の歌に惚れ込んだらしい。
でもその人は、外部の人間で別の企画を練っていた。
それで私を別の企画に参加させたいと思った。
だから、わざと落としたらしい。
つまり、私は引き抜かれたのだ。

その翌日、電話で話した代表兼演出家と対面した。
今回に至った経緯を聞き、「別の企画」の中身を伝えられた。

「実はTさんには、これをやって頂きたいのです」
DVDが準備され、TVにある映像が流れた。
「Tさんに演じて 頂くのは魔女とお母さんの二役です。」
画面をじっとみた。

お姫様のようなとっても美しい方がその役を演じていた。
ん?おかしいぞ。
私がこの美しい方と同じ役?
間違いだろう。うん。きっと何かの間違いだ。

って思ったけど、話がどんどん進んでいく。
詳細を聞くと、この美しい方は元宝塚の娘役らしい。
なんと、この元宝塚のYさんのポジションに私が入り、
全国の小学校で公演をしてほしいと言ってきた。

私、これ騙されてるかもしれない。詐欺だ。なにかの詐欺だ。
なんだろ。新手のオシツケ詐欺か?
本気で疑った。

しかしよくよく話を聞くと、きちんとギャラは出る。
巡演なので宿泊施設はもちろん劇団側で用意される。
聞く分には条 件も良く、下積みする場所としても良さそうな気がしてきた。

引き抜きなんて、なかなかないことだし。
よし、これを機に前に進んでみようかな。
ここで修業だ!
私は二つ返事で引き受けた。

レッスンとバイトで安定していた日々から一転、
今後は、お金を払ってレッスンをする立場からお金を頂く立場へ変わるのだ。

私はこれまで仕事をするためには、レッスンをしなくてはいけないと決めつけていた。
今考えると・・錯覚だった。
本当に必要なのは、稽古。
考え方1つが私をプロから遠ざけるのだと、APHで学んだ。
でも、それはしばらく先の事。

はじめて手にする仕事の台本に目を通した。
今回参加するミュージカ ル「青い鳥21世紀バージョン」は、オリジナル作品。
モーリス・メーテルリンク作の童話劇「青い鳥」を
面白おかしく現代の小学生に当てはまるように書き換えてある。

「きれいなものを見た時は、きれいだね。
美味しいものを食べたなら美味しいね。
心が響きあう。それが共感。」
「今はいつでも今しかない」
子供向けの台本と言えど、大人にも響く台詞や歌詞が沢山あってワクワクする。

「まさに私が求めていたのは、これかも・・・・。」
自分の原点と繋がっていく感じがした。

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「プロになるまでの全て!」Tさん編04

ケッケコーポレーションの預かりになった。
週に一度だけ音響監督のレッスンがあって、
一年後の査定に合格すれば、準所属といった具合だった。

よし、思い描いた通りになっている。

しかし大きな問題があった。
それはアフレコに対する違和感。
口先だけのお芝居が、なんか気持ち悪い。
まだ私はその技術を見抜けなかった。

最初はアイドル声優を目指していたので矛盾しているかもしれないが、
私は、お芝居のできる役者になりたかった。
でも今流行りのアニメは声質に注意がいく。
私が目指しているのはそこじゃないな。とか何 とか言って直面できなかった。
自分も声優ブームの影響を受けたくせに、まったく偉そうだ。

音響監督のレッスンで扱うのは、「アニメ」だった。
声だけで表現することに違和感しかない。
監督は技術的な事は何も教えてくれない。
ディレクションを取るだけだった。
どうやるのか教えてほしい。
これまで習ってきたダンス、歌、芝居が全く役に立たなかった(笑)
目の前にチャンスが来てるのに私は趣味のダンスに逃げた。

夏にダンスフェスティバルというダンス公演のオーディションがあった。
本番は12月前半。
劇団ひまわりでお世話になった大好きなS先生がメインで振付をする。

やりたい!

もはやマイク前よりも舞台に魅力を感じる私は、
そのオー ディションを受けて、見事に合格。
事務所に相談なしで稽古に参加していた。
ここから歯車は狂い始めていたと思う。
この時点で、これまでの人生で1番と言っていいほどの痛みを味わう事になるとは、
知るよしもなかった。

1ヶ月後、事務所の代表に
「お前、年末に有る事務所主催の舞台に出るか?」と誘われた。
純粋にやりたいと思った。
しかし、このタイミングで引き受けてしまったら、稽古が重なり迷惑をかける。
わかっていたはずだった。

しかし、私の脳みそは事務所の預かりの立場として、その誘いを断るべきでないと判断した。
その瞬間、「はい、やります」と即答していた。

時を戻せるなら、戻したい。
もしも過去に戻れるなら正直に言ってほしい 。
「私はダンスの公演が有りますので無理です」
この一言で、S先生を裏切らずに済む。
人生で1番辛い決断をしなくて済む。

でも、もう遅い。
結果的に私は12月に舞台が二つ決まってしまった。
二つの稽古に参加し、両方の舞台を成功させれば問題ない!
そう思い込んだ。
何を根拠にそう思えるのか本当に不思議だが、何ともお気楽すぎる。

最初は上手くバランスが取れていたが、徐々に稽古が被るようになった。
スケジュール調整がまあ、難しい。

事務所主催の舞台では新人として、先輩よりも早く来て掃除をして準備するべきなのに、
遅刻や早退が多い。
なぜならもう一つ舞台を抱えているから・・・。
でも、それは誰も知らない事実。

一方、 ダンス公演の稽古も、本格的になってきた。
衣装や立ち位置が決まり、カッコいいチラシも出来上がっていた。
この頃から稽古場をハシゴできる余裕が無くなってきた。
限界だった。

この日も途中でダンス稽古を抜けた。
他のメンバーに対して、罪悪感が募る。
いまさら、二つの舞台を抱えてるなんて言えない。
「どっちか片方にしたい」
これが私の本心だった。

コントロールできないスケジュールを組んでしまった私のせいだ。
社長を目の前にして断れなかった私のせいだ。
そう・・全部、自分のせいだった。

そして、我欲だけで動いてしまった私にバチが当たった。
この場面にはできるなら遭遇したくなかった。
でももう避け られなかった。
私はダンス公演を辞退したのだ。

あの夜の出来事は今でも忘れない。
S先生に電話で降板すると伝えた。
先生は静かに怒っている。
私を引き止めようと説得してくれているのに、
その想いに応えられない。
結局、自分の我儘を貫き通してしまった。

最後に先生は諦めたように
「みんなの事はどうでもいいの?」と尋ね、
「申し訳有りません」と伝えると
「わかった。もう勝手にしなさい」と言って電話が切れた。

涙が止まらない。
劇団ひまわりに入りたての私を支えてくれた恩師なのに。
ダンス未経験の私を諦めずに指導してくれたのに。
どうして私はダンスを選ばなかったんだろう。
どうして事務所の舞台を選んでしまったんだろう 。

結局私は自分の将来を選んだのだ。
アフレコができないくせに、なぜか準所属を狙っている。
恩師を裏切ってまで入るべきなんだろうか?

ほんとに私の行動は有り得なかった。
こんなんで成功するわけがない。

2ヶ月後、事務所の査定が有った。
私は完全に目的を見失っていた。
それなのに、受かるかもしれないと少し期待していた部分もあった。
わけがわからない。

結果見事に落ちた。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
神様はみている。
自分の事しか考えていない罰だった。

何もかも失った。
声優事務所に入るための道も。
そして大好きなS先生も。

これからどうしようって思うのに、
これからが考えられなかった。
どうし てもS先生やメンバーに対して、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

その度に「役者なんてやる資格すらない。」と自己否定を始める始末。
役者を目指す事を辞めれば楽になれるかもしれない。
でも、どうしても役者を諦めきれない。

5月。自分の罪悪感を拭うために、S先生に謝罪する事に決めた。
S先生主催のダンス公演に出向いた。
怖かった。無視されたらどうしよう。
足が震えていた。

終演後に直接謝るとS先生は明るく、
「もう気にしないのよ!」
と私の肩をポンポンと叩いて、その場を離れた。
感謝しかなかった。
救われた。

前を向いていいんだ。
その許可をもらった気がした。
もうこんな苦しい思いはしたくない。
それか らの私はいろんな事に慎重になっていったのだ。

さて、これからどうしようか・・・。

(10年以上経った今でもS先生とは年賀状のやり取りをしています。
S先生、本当にありがとうございます。)

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「プロになるまでの全て!」Tさん編03

専門学校卒業後、夢追いフリーターになった。
毎日が自由だからこそ、夢に向かって何かしら行動していないと落ち着かない。
資料を取り寄せたり体験入学に参加したり、常に居場所を求めていた。

向かう先は声優である事はわかっていたけれど、
どこに通ったらいいのかわからない。
この時代の大手声優事務所である、賢プロ、青二、81プロデュース・・・等々も考えた。
どうせならば大手に行きたい。

しかし専門学校で痛い目を見た自分は
大手養成所からストレートに所属できるとは思えなかった。
仮に三年通ったとして所属になら なかったらどうなるのか、
また別の養成所に通うのか・・それは避けたい。

逆に所属した場合、声優の仕事だけに縛られたくない。
あくまで希望しているのは「声優アイドル」という立ち位置。
裏方ではなく、表に出たい・・・そんなことを考えていた。

締め切りが迫り、
最終的に費用第一優先で決めたのが「松濤アクターズギムナジウム」だ。
カリキュラムに、歌とダンスがあるので、
「これまでの経験を活かして、頭角を現せるのではないか」
という打算的な考えもあった。

また資料に「声優の根本は役者だ」みたいな事が書いてあったので、
事務所に入った後も多方面で仕事ができるかも・・
という期待もあり、オーディションを受けた。

審査の結果、基礎科、本科と2年通うべき所が1年免除。
といってもカモには変わりないけど(笑)
まあ・・仕方がない。
その時は1年後、所属してやる!くらいの気持ちで入所したのだ。

授業はすでに習ったことのある歌、ダンス、演技だった。
読みが当たって、経験者の私は頭角を表した。
専門学校の時は、全く先生から相手にされなかったのに、ここでは目立つ存在になった。
それを良いことに、敵対心を剥き出しにして授業に参加していたのを覚えている。
私なりに、目をかけてもらおうと必死だった。

ある日のこと。
選択レッスンでマイク前授業が有った。
初めてのマイク、スタジオに興奮する。
しかし、いざやってみると・・・で きない!
マイク前未経験の私は、できなかった。

なんだこれは?!
マイク前の制限があり過ぎて、どうしていいかわからない。
ダンスや、歌や、舞台はある程度、自由が利く。
しかし、声優は違う。
映像に合わせるという不便さにぶち当たった。

声だけで、どうやるの?
身体は、どうするの?

私にはもう違和感しかない。
マイク前の芝居の楽しさが全然わからない!
そのレッスンで自分の将来に不安を感じ始めた。

本当に声優になりたいの?
怖いけど、正直に自分に聞くしかなかった。

実力のある声優アイドルになると決めたはずなのに、
肝心な声優の仕事ができないのでは話にならない。
アフレコができるのが前提で、そこから派生して色んな仕事をやるはずだったのに。

結局私は、声優ブームの影響をもろに浴びた1人にすぎなかった。
でもそれは認めたくない事実だった。
自分はそうじゃないって思いたい。意地を張っていた。
単にブームに流されて人生を賭けてしまった自分を認めるのが怖かった。

超理想を掲げて、行動してきたのに・・今それが崩れようとしている。
私って・・本当は何がやりたいんだろう。
「NHKの歌のお姉さんになりたい」
「子供が好きだからいつか子供番組を持ちたい」
自分の原点が見えてきた。
でもどうしたらいいのかわからない。

結局、養成所には、安心を得るために通っていたのかもしれない。
夢を叶えるために、何かしていると思えるから。
でも今考えてみても、養成所で学んだ事は何もない。

やった気にさせるアフレコごっこは、全然楽しめなかった。
むしろ、私は声優を誤解してしまった。
それでも、「『やっぱり声優って良い!』って思えるかもしれない・・」
と期待して通っていた。

けれども相変わらずアフレコの授業は、つまらなかった。
ダンスと歌のレッスンの方が好き。
身体を動かす事が、私には合っていた。

声優だって動くのに!!

今なら理解できる。
しかし、養成所では教えてもらえなかった。
結局、声優がマイク前で何をしているのかを理解しないまま養成期間を過ごした。

3月にある、養成所お決まりの卒業公演でオーディションに合格し、主役に抜擢された。
六行会ホールで2日間4ステージ。
作品は「11匹のねこ」というミュージカル!

養成所で1番注目されている女の子と、そうでもない私がダブルキャストで主役をつとめる。
専門学校では最下位だった私が、ここではトップだった。
舞い上がった。

稽古期間は1か月。
演出家は現役声優で、いつも機嫌が悪そう・・・(に見えるタイプ。)
莫大な量の台詞、歌、振付。
今考えてみても結構ハード。
結局、相方が途中で降板し、私が2日間フルで出演する事になった。
稽古は体力勝負で、毎回息切れしていたけど楽しかった

本番当日、
舞台上の私はとてもイキイキしていた。
何とも言えない達成感。鳴り止まない拍手。
全てが、夢のようだった。
舞台が好きになった。

この時、母が仲の良い友人を連れて観に来てくれた。
決して口には出さなかったけど、私を応援していたんだと今ならわかる。
当時の私は子供みたいに意地を張って、面と向かって感想を聞けなかったけど、
母の笑ってる姿を見て少しだけホッとした私がいた。

養成所はこれで、卒業。
マイク前の技術は何一つ身に付けていないけれど、
歌とダンスを評価され、運良く事務所の「預かり」となった。
アテレコができない私はこの後が試練の連続だった・・。

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「プロになるまでの全て!」Tさん編02

親も担任も応援してくれない。
その反骨精神が原動力となって劇団ひまわりに通い続け、
勉強とアルバイト、全て両立させた。

ちゃんと成功してまずは親に認めてもらおう!
と思ったものの正直、劇団にいる子は可愛い子ばかりで自信が持てない。
でも「私は実力派で行くから大丈夫」と思い込むようにし、
不安な気持ちを押しのけていた。

弓道部員は私を応援してくれていたけれど、教室は大学志望校の話題で持ちきり。
役者を目指す私は、浮いていた。
いろいろ厳しいけれど、自分で決めたことだ。
一人で何とかしないといけない。

とにかく情報を得ようと、日芸、専門学校、養成所の資料を片っ端から取り寄せた。
声優も、ミュージカルも、舞台もやりたい。
でもどこから手を付けたらいいのかわからない。
先輩の対談を参考にしながら、自分で考えるしかなかった。

本音を言えば、今すぐにでも声優養成所に通いたい
しかし舞台人も声優も女優も結局は役者だ・・
遠回りかもしれないけれど、本物の役者になるには、ある程度の下地が必要だ。
だったら、実力を付ける必要があるな・・

よし!舞台芸術学院に通って歌とダンスとタップと芝居と全部やってやろう!
あわよくば、劇団四季に入ってやろう!
その後、声優の世界に入ろう!
声優が「ミュージカルもできます」って言ったらそれだけで武器になりそうだし!
これはすごい学歴やんか!

結局、役者としてどう見られるかを優先して進路を決めた。
若い時に舞台を先に経験して、最後は味のある声優になればいいじゃないか!
そんな超理想を膨らませて、私は一直線。
とにかくやりたい事が有りすぎて絞れない私は、全部やる事に決めたのだ。

こんな風に、役者になるために試行錯誤している間も、
母は、あの手この手で私を大学に行かせようとしていた。
私は母を説得し続けて、ようやく諦めてもらうことに成功した!!
最終的に、何を言っても無駄だとわかったみたいだった。

「もう勝手にしなさい。あんたのことなんかもう知らないから。」
母からの冷たい言葉が突き刺さった。

勘当まではいかないけれど、応援してくれない。
それが悲しくて、自分の部屋で泣いた。
「よかった、これで夢に向かって進める!」という明るい感情と
「お母さんごめんね」という暗い感情が入り混じっていた。

親はもう味方じゃない。
何とかがんばらなくちゃ。

今思えば、役者になるなんて、母は心配だったと思う。
当時の私は、そんな事つゆ知らず、親を敵対視していた。
とても傲慢な娘だった。

夢を膨らませて入学した専門学校は、完全に場違いだった。
そこはまるで宝塚音楽学校のよう。
幼少からバレエやタップやジャズダンスや歌を習っていて、
ミュージカルを本気でやり たい人が50人もいる。

クラス全員の特徴と言えば、
「我が強い」
「自己アピール度が高い」
「自分が一番」

私は完全に周りに圧倒され、受け身だった。
学校主催の発表会で主役がやりたくても
「私なんか無理だ」という想いが先に来るし、
授業でも印象が薄いので、先生になかなか名前を覚えてもらえない。

ダンスの授業で個々が踊る空間を確保する時、
私は「できない人」だから毎回後ろの端を選んだ。
自分のことを過小評価しまくった。

「自分が自分が」と前に出てくる人達を前にして、怯む。
プロの世界はこういう風にアピールしないと生き残れないのかもしれない・・
そんなことを想い、私には向いてない世界だと落ち込んだ 。

何を血迷って、女優さんになりたいとか思ってしまったんだろうか・・

あんなに膨らんだ夢が、簡単に圧し折られた。
せっかく反対を押し切って入学したのに、毎日が辛い。
この学校で、私は完全なる負け組だった。
四季には行けない。
試験を受ける前からわかる。
ここを卒業したらどこに行けばいいのだろうか・・

思いついた。
声優養成所に行こう!
やっぱり、私は声優アイドルだったんだ!

役者としての夢を途切らせないように、
女優がダメなら次は声優だと表面だけで考えていた。
自分が声優だと思い込むと、かなり救われた。
現実に直面しなくていいのだから。
声優の世界だって甘くないのに、現実逃避にはぴったりだった。

四季に入らなくてもやりたい事はできる。
実力のあるアイドル声優になって、やりたいこと全部やる方が私には合ってる!
結局、「卒業後は、四季へ行き⇒声優になる」という超理想街道をあきらめて、
「卒業後⇒声優になる」に進路変更したのだ。

声優ならできそうなんて、ナメてるぞ!
お前は一体、何がしたいんだ!!

何だか書きながら、いらいらしてくる(笑)
でもどっかで「声優ならなれる」という根拠のない自信があったみたい・・。
本当にナメていました。
大変失礼致しました。
10代の私!たくさん本を読んで、人として成長してくれ〜!(笑)

「プロになるまでの全て!」Tさん編 記事一覧

全力新連載「プロになるまでの全て!」Tさん編01

女性声優 T さんをご紹介します。

女性として最初に登場してくれるのは、声優Tさんです。

彼女は元々、プロのミュージカル女優として、
活躍していた女優さんです。
常に1000名程も入る観客達を前に、
7年間もの長い間、常に主役を務めてきた人です。

色々あってミュージカル女優から声優に転身し、

今でこそ外画の吹き替えでは、ホラー映画の主演を務め、

最近では、ついに念願であった
難関の化粧品会社テレビCMナレーションをGET!するなど、
カッコイイ女性の代弁者として、目覚ましい活躍を始めています。

一方で日本語の美しさを買われ、大変にお堅い
日本政府官公庁のVPナレーションにも抜擢されています。

これも製作者側に大変好評で、こちらも、
レギュラーナレーターとして、常に指名がかかる様になりました。

また、プロの声優達の中から、さらにオーディションで選ばれる、
某大手声優事務所のキャスティング選考会に、
30名中わずか5名という難関を潜り抜け、ピックアップされています。

みなさんに、こんな風に紹介すると順風満帆の様に聞こえますが、

特にミュージカル女優から、声優に転身する間の3年間の彼女は、

それはそれは、とんでもない試練の連続だったのです。

私は、その試練の時間を共に歩みましたが、
まさに底なし沼に引きずり込まれて行く様な感覚がありました。

様々な、ワークショップ、面談、紹介、最終選考、etc・・・

彼女は不屈の魂で果敢に動き回り、様々なチャンスを作るのですが、
全てのサイクルが、後少しのところでダメになるのです。

ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!

丸3年間、彼女は、本当に暗い闇をさまよい続けます。

しかし、彼女はくじけませんでした。
それは、声優という仕事が、本当にやりたい事だったからです。

彼女は決してくさらず、常にターゲットを創造し、
日々の稽古に打ち込みながら、持ち前のガッツで行動し続けました。

その結果、天はついに彼女に、微笑んでくれたのです。

現在では「新しい大きな波」に乗って、生き生きと仕事を積み重ねています。

APH代表 茂 賢治

本当は女優さんになりたい
でも女優さんは綺麗な人がなるんだから
私は女優さんになれない
ずっとそう思っていた。

子供の頃の私は音楽が大好きで、
教育テレビを見ながら一緒に歌って踊っちゃう!
誤解をおそれずに言うと、ジャイアンみたいな女の子(笑)
でもだんだん成長するにつれ、恥じらうようになって、
出たがる自分を抑えるようになっていった。

私の夢は女優さん。
ずーっと心の中で思ってるけれど、全然なれる気がしない。
どうしても、容姿に対するコンプレックスを振り払えないでいる。

そんなある日、本屋さんで
「声優グランプリ」という雑誌と出会ったのだ。

声優さんが顔を出してインタビューを受けている!!
声優さんってアイドルみたいに何でもできるんだ!!
衝撃的だった。

雑誌を見ながら、声の仕事いいなあと憧れを持つのと同時に
アニメも好き 歌も好き 舞台も好き
あっ私NHKの歌のお姉さんになりたかったんだっけ・・・!などなど。
自分の容姿のせいで諦めかけていた夢が勢いよく、膨らんだ。

これなら私にもできそうだ!
おこがましくも、そう思ってしまった。
単純すぎる(笑)
当時は本気なので、必死に声優特集雑誌を読み漁って
立派な声優オタクに成長。

「声優になれるのは1万人に1人だ」
「声優は役者なんだ」
「声優は本来裏方なんだ」
「ブームが終われば消えていく」

そんな言葉に触れるたびに
どうやったらブームに流されない声優で居られるのか・・
やっぱり劇団に入って舞台で経験を積んで、それから声をやるべきなのか・・
そんな事まで考えあぐねる中学生の私だった(笑)

高校入学後は袴に憧れて弓道部に入り、青春を謳歌!
友人とはしゃぎまくって、いつも笑ってばかりいた。
声優養成所に行く目的でアルバイトもしたけれど、
稼いだお金は友人との交際費や
大好きな坂本真綾さんのCD代やライブ代や雑誌代に消えてしまう(笑)

買った雑誌をひたすら読んで自分なりに研究し、
声優アイドルは顔じゃない!
実力をつけたらいいんだ!!
ブームに流されない役者になってやる!
もともと影響を受けやすい私は、その気になって盛り上がっていた。

高校2年の冬で弓道部を引退し、友人達は受験の準備をし始めた。
進学校なのでほぼ全員が大学受験をする。
私は、夢があるので受験する気は全くない。
しかしみんなが試験勉強をする姿を見て、不安になってきた。
本当に受験しなくて大丈夫だろうか?

そこで声優アイドルになりたい理由を探そうとしてみた。
それらしい理由が有れば、不安がなくなると思ったからだ。

でも浮かんでくるのは実感のないキレイゴトばかり。
本当は自分がやりたいだけ。
私が好きだからやる
目立ちたい
人気者になりたい
ただそれだけだった。

でも認めたくなくて、
「それで良いはずがない!」と頭の中がぐるぐるしてきて、わからなくなって、
最後はもういいや!と考えるのをやめてしまう。
とても視野が狭く、頑固。もう決めたら一直線。
周りが見えず欲望に従って行動していた。

高校3年生の時、声優になるなら舞台を観ておいた方が良い気がして、
バイト代で沢山お芝居を観た。
実はこれも声優雑誌の影響だ。
先輩方が、声優はお芝居が根本だと言っていたので、間に受けたのだ。
なかなかのものだ。
徹底して影響を受けているな、私。

そして学校帰りに偶然観た劇団四季のライオンキングで、人生が変わった。
舞台の華やかさ、セットの素晴らしさ、そして音楽に感動したのだ。
さらには、小学生の時に心を奪われた
「新宿コマ劇場ミュージカル・シンデレラ」と重なって、
あの時と同じ気持ちが湧き上がってくる!
それは、「女優さんになりたい」という純粋な想いだった。

私も舞台に立ちたい。

コンプレックスから声優アイドルという立ち位置を見つけた私は初めて
「正々堂々と女優を志してもいいのではないか・・実力をつければ良いんだから」と
気持ちが変化したのだ。

早速、親を説得して劇団ひまわりに入団した。
昔から、決めたら即行動。
とにかく夢を叶えるために、何かしていたくてたまらない。

劇団ひまわりを選んだのは、
・歌とダンスとお芝居と全て出来る
・金銭的な問題
・有名だから親が安心する
といった理由だ。

高3の夏。
NHK連続テレビ小説の「ちゅらさん」という
その頃とても流行っていた番組のエキストラ募集がかかった。
エキストラだし学校にはバレないだろうとタカをくくって参加すると、
運悪く(運良く笑)主役の国仲涼子さんの後ろの席に
自分の学校の制服を着たまま座らせられ、がっつりテレビに映ってしまったのだ。

やってしまった・・・。

放送日、担任から呼び出しがかかった。
「私は役者になりたいんです」と告白した瞬間、空気が凍りつく。
「お前はこの学校に何しに来たんだ?」と聞かれ、その冷たい言葉に傷付いた。
大学を受験しないのは、この学校の生徒として、おかしい事だった。

一方で、家でもその事で母と喧嘩をした。
私:大学になんか行かない!
母:役者なんかで食べていけるわけないでしょ!
私:なんでそう決めつけるのよ!
母:わかりきった事でしょう?

こんなやり取りがずっと続き・・・・
挙句の果てに泣きわめいて反抗していた。
母とは、しばらく口を聞いてもらえない日々が続いたのだ。

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