「プロになるまでの全て!」Yさん編24

事務所に入って仕事をし始めたとは言え、
サラリーマンとして家族を養えるだけ稼いでいた父から見れば、
遊びでやってるか小さな仕事を餌に事務所に金を取られている
被害者に見えただろうと思います。

状況だけ見ればその通りです。
「諦めろ」
にはハッキリと「イヤだ‼︎」と言えましたが、
現状については何も言えませんでした。
とにかく
「これからだ‼︎」
と努めて明るく強く言っていました。
話が終わった後はとても落ち込みましたが。

この頃、B社長は仕事を広げようと
ディレクターを呼んで社内でレッスンをしてもらおうと動き出していました。
単独では難しかったらしく
他事務所と合同でディレクターレッスンが開かれる事になりました。

3社合同のため参加希望の人数が多く、
各事務所から選抜しての参加になりました。
ボイスオーバーで評価が上がっていたおかげで
そのレッスンになんとか参加する事ができました。
これは大きなチャンスです。

来てくれるディレクターは
地上波ゴールデンの吹き替え演出を担当するバリバリの現役です。
その方もレッスンをする事自体が初めてという事で
教えるのに慣れて流れ仕事になるという可能性も低い。
これにはテンションが上がりました。

3事務所合同でのディレクターの当日がやってきました。
各事務所のパワーバランスでしょうか。
ウチが6人、他社が10人、20人、といった所でした。
事務所としても圧倒的に勢力が弱い。

ディレクターさんも全員を見られるように配慮してくれてはいましたが、
配役は基本挙手制でした。
下手をすれば何もできずに終わります。
参加者はみんな必死でした。

そんな中、すでにこのディレクターと仕事をしている先輩のSさんとKさんは、
自身のアピールをしつつも後輩である自分達に上手くチャンスを作ってくれました。
有難うございます。

教えるという事自体が初めてだったディレクターさんは、
同じ1シーンを演じさせ最後に各役を演じた人達の中で
誰が一番良かったかを参加者にも聞いていました。
各役ごとに良かった人に挙手するのです。
その場での自分の評価が明確に出るのでかなり怖いやり方でした。

ようやく自分の番が回ってきました。

この時、同じ役を演じた人はみんな同じ方向性で演じていました。
それを聞きながら自分は
「自分なら全く違う演じ方をする」
とずっと思って見ていました。

そしてそれを演じました。
最後の評価の時、
自分の芝居を良いと挙手した参加者はいませんでした。
事務所の先輩であるSさん、Kさんですら。

これは失敗だったかと思ったその時、
「え?そうですか?私は彼が良かったと思ったんですが…」
とディレクターさんがたった一人、
自分の芝居を評価してくれたのです。

これには驚きました。

そしてとても嬉しかった。
他の人が堂々とした口調で演じていた役を
自分は情けなく頼りなく演じました。
これは自分がこういう芝居が面白くて好きだったというのもあったのですが、
そもそも内容が自分を偽って結婚しようとして嘘がバレて
相手の女性に罵倒されて謝るという物でした。
その時の自分は
「なんでみんなカッコよく堂々と演じるんだ?情けない方が絶対に笑えて面白い」
と思って演じたのです。

元の役者が本当に自分が思ったように演じていたかは今では思い出せませんが、
ただ一人違う演じ方をした自分をディレクターさんが面白いと言ってくれた。

これは本当に嬉しかった。

講師のDさんからは
「常に一つは企みを持って現場に行け」
代表からは
「最低でも三種類の違うパターンを用意しておけ」
と言われていました。
このディレクターレッスンでは他の人が誰もが考える芝居をした中で、
自分一人が全く違う解釈の芝居ができたのは
この二つの言葉を覚えていたからだったと思います。

お世話になっている方々の力を借りて結果を出し、
後日自分はこのディレクターさんから
吹き替えの仕事をもらう事ができたのです。

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