起因である事

とあるCMのお仕事に行ってきました。

CMに限らす、作品には何かしらのメッセージがあり、
そのメッセージと自分自身の考えとが
必ずしもピタッと一致するとは限りません。

今回のCMに関しても、
私がそれについてどう考えるか定まり切らないところがあり、
どんな立ち位置で臨めば良いのだろう・・・と少し悩みました。

でもそこで「わかったふり」をしたり、
「良い子」ぶっても仕方がない。

オーディション時にはその「どうなの?どうなんだろう???」
という想いをそのままぶつけてきました。

その時大切にしたのはAPHで学んだ●●でした。

そしてそれが良い形で伝わったのでしょう、
その「どうなの?」という立ち位置の役として、お仕事を頂きました。

撮影前日に分かったことですが、
今回は30秒のTV CM、WEB CM、新聞広告の3媒体ありました。

スタジオ内を移動しながらそれぞれの媒体用の撮影を進めていくのですが、
媒体が3つあるということは、つまり3作品あるという事。

ディレクターも3人いるのです。

勿論、一つのテーマに沿って、
あらかじめ企画している画を撮っていくのではありますが、
それでもディレクターによって撮りたいニュアンスや方向性に
多少の違いはありますし、 ディレクションの方法も様々です。

それを瞬時に汲み取ってその場でピタッと出来ないといけません。

正直言うと、上手くいったものと、
失敗したな・・・と思うものとありました。

TV用の撮影では、私はセリフがない分、その佇まい、
空気感を大切にしたいと思いました。

また求められているニュアンスが“微妙”なラインで、
表面で創ってはアウトだなと思いました。

APHで学んでいる“ある状態”を意識しつつ、内面を回転させていきました。

共演者の方がちょっと表情を出し過ぎてしまうところがあって
何度かリテイクしましたが、全体的にはサクッとOKを頂きました。

新聞用スチールのディレクターとは
コミュニケーションが上手くいった感覚があり、
撮っていくうちにお互いがノリノリになっていきました。

周りのスタッフさん達に
「○○さんは笑顔が良いんですよね~」などと言いながら、
本来(画コンテでは)必要のない「思い切り笑顔」のニュアンスのものを
何枚も何枚も撮って下さいました。

逆に、WEB用の撮影の際には、
ディレクターとのコミュニケーションが確立する前に
段取り的な制約に注意が行き過ぎてしまいました。

段取りに留意しながらも、思い切り行かないといけなかったのに・・・
受け身になってしまいました。

勿論、最終的にはOKを頂きましたが、自分的にはこれは失敗でした。

今回の撮影では、私が役者として歩んできた中で、
「舞台」に比べるとまだまだ「映像」という世界に
受け身になっていることに気づきました。

経験が浅いからこそ、意識的に起因でいかないとダメですよね!

舞台の時は「起因で行こう!」なんて考えなくたって、
勝手にその世界で活き活きと呼吸しているのですから。

今回の反省を次に繋げたいと思います。