「プロになるまでの全て!」Tさん編06

 

 

 

 

小学3年生の時に、芸術鑑賞会が有った。
劇団の人が、体育館で演劇を見せてくれる。

正直、話の内容は全く覚えてないけれど、
その時のウキウキして体育館に向かった気持ち。
まだ観ていたいと思った気持ち。
体育館が、いつもと違う風景になった驚き。
生徒全員が盛り上がって、笑ってる空間。

それは不思議と覚えている。
今度はそれを私が行う立場になった。

残念ながら、世間の巡演の評価は低い。
理由は色々あると思う。

私はというと、
子供向けの作品が好き。
絵本が好き。
子供が好き。
巡演は私にピッタリだった。

けれども、ずっとここにはいないだろう。
いつかはビッグになってやる!という野望を持っていた。

私が入った団体の名前は「星の雫」
実際、団体の知名度はない。
しかし毎日公演があり、恵まれた劇団だった。

元宝塚の人や元四季の役者を使っていたので、
営業しやすかったのかもしれない。
劇団も学校公演は低レベルだという印象を覆そうと必死だった。

舞台設備も、とことん凝っていて、
流れ星や星空を作ったり、雪を降らせることもある。
さらには12キロもある重たい平台を14枚持っていき仮設舞台を作る。

役者はその仮設舞台で動き回り、
子供達の近くで、芝居ができるように創意工夫していた。
だから、うちの劇団の荷物は2トンロングトラックに満杯。
本番当日の搬入と準備には、3時間以上はかかる。

質の高い作品を子供たちに見せるという方針を定めた「星の雫」は、
先に台本をオリジナルで描き、メンバーは全員オーディションで集めた。

1年契約で実力なければ、クビ。
生演奏の作品になり、楽器ができる役者でないとダメという制限ができるまで、
毎回、オーディションがあった。

一年目の私はダブルキャスト。
まず初めはお試し期間。
年間200公演ある本番に穴を開けられない。
何が有ってもいいように備えあれば憂いなし。

私はこのダブルキャスト設定が苦手だった。
比べられたくない。
役をとられてしまう。
不安しかない・・・。

というのも、専門学校の時の苦い記憶が重なってしまうのだ。
いつも比較されて評価をされる。
私は、できの悪い子。
そういう嫌なものが私を刺激してきた。

 

 

稽古している時も、周りの目がすごく気になった。
実際、私は他のメンバーから歌がうまいと思われていた。
しかし歌ってみると、「あっそうでもない・・普通じゃん。」みたいな空気になった。
どんどん落ちていった。

実は上手くなかった・・。
そう思われることが、一番怖かったのだ。
結局、自分が良く思われたかっただけの素人だ。

稽古場は、私が私でいられない。
他の人よりダメ出しが多い。
苦痛で、逃げ出したかった。

それに比べて、相方はめちゃくちゃ良い人で、沢山助けてくれた。
それなのに・・・私は感謝をどれだけできたのだろうか?
とにかく、押しつぶされて自分のことしか考えられなかった。
周りがライバルにしか見えない。

もうやめたい。
始まったばかりなのに、すでに弱音を吐いていた。
せっかく、引き抜かれたのに期待に応えられない。
なぜか期待を自分でプレッシャーにしていた。

弱い自分になって、責任から逃れて、周りから同情してほしかったんだろう。
甘えている。

一方で、芝居のこと以外にも、不安要素を感じていた。

不安①完成した舞台設備とは本番当日初めてご対面する。
不安②設備を見てないのに場面転換で、私が動かす道具があるらしい。
不安③マイクをつけること。
超不安④早替え。

稽古場は、文化センター。
大道具や衣装は、レンタル倉庫を借りて保管。
稽古場に道具や衣装を毎回持ち込めない。
リアリティに欠けたまま稽古をすることは、新人の私にとっては酷だった。

この時の自分に、「もっと楽しめばいいのに・・」
なんて言ったところで、響かないんだろうな(笑)

私の初日は、確か・・岐阜県だったかな。
スーツケースに荷物を詰め込んで、東京から岐阜まで車で向かう。
稽古以外は楽しかった。

めったに乗らない車で、高速道路を走り、お昼ご飯はサービスエリアで食べる。
用意されたホテルに泊まる。
シングル部屋で明日の準備をする(昔は大部屋が当たり前だったみたい)
これからはずっとホテル生活だ。

明日は本番初日。
台本ばかり読んでいた。
正直、気が気でない。
だって本番同様の通し稽古は、一回もしてない。

これを面白がれるかどうかがプロと素人の境目なんだけどな・・

「・・・・早替えがちゃんとできますように・・・・
・・・・特に、魔女のカツラが落ちませんように・・・・」

・・・まあ、面白がれる余裕は・・ないか・・

 

 

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