「プロになるまでの全て!」Yさん編20

 

 

 

 

「何だ?」

するとまた揺れが始まりました。
まるで船が揺れるようなゆっくりとした大きな揺れでした。
周りの客も店員さんも携帯やテレビを見ながら動揺しています。

これはただの地震ではありませんでした。
東日本大震災です。

テレビで流れるあまりの被害状況に

「実家は大丈夫か!?」

と慌てて地上に出て電話をかけました。
実家は繋がらない。
何かあったのか?
父の携帯にかけました。

「どうした?」

拍子抜けするほど呑気な声で父が電話に出ました。

幸いな事に実家のある県はほとんど被害がなかったのです。
父は自分から地震の事を聞いて驚いていました。

とりあえず実家が無事だったので安心しましたが

サンプルが録れない。

これは不味い。
とにかく揺れが収まるのを待って何とか収録を終えました。

アパートに帰るとテレビ台の上のCDが床に散乱していましたが、
他に被害はありませんでした。
しかし切羽詰まっていた自分の精神には大きな影響があったのです。

数日後、必死に仕上げたサンプルを持ち待ち合わせの場所に向かいました。

その時

「こんな日本全体が大変な事になっている時に自分はこんな事をしていて良いのか?」

という考えが浮かんできました。

 

 

なぜか不謹慎な事をしているような気がして突然不安になったのです。
大地震による被害をテレビで見てショックを受け精神的に揺らいだ所に、
新しい未知の領域に入る時の不安が襲ってきたのだと思います。

自分がとてもおかしな事をしているような気になり急にとても怖くなりました。
しかしここで
以前台風の時に代表が言った言葉が急に浮かんできました。

「俺達は大変な目にあってる人がいるこんな時にも芝居をするんだ。
せめて恥ずかしくないよう精一杯やろう」

「ああ、そうだ」
自分は腹が決まりました。
大変な時だろうが何だろうがやりたいんだ。
大災害が来ているのに自分のやりたい事をやろうとしてるのだから、
せめてやれる事を全て全身全霊で精一杯やろうと。
気持ちを何とか持ち直し、待ち合わせの場所に向かう事ができました。

B社長との面接場所は新宿のコーヒースタンドでした。

B社長の前に自分が座り、その横にDさんがついてくれました。
APHメンバーにCDプレイヤーを借りその場でサンプルを聞いてもらいました。
B社長は最後まで無言で聞いていましたが、
終わった後に「なるほど」と言ってタバコを吸い始めました。

自分は何も言えずジリジリと焦っていました。
事務所に入れるのかどうか?聞きたくてしょうがない。
しかし言葉が出ない。

そんな時、Dさんが口を開きました。

「で、コイツはいつから入れるの?」

「あぁ、そうだなぁ…4月からかな」

B社長が答えました。

ん?
入所が決まった?
すぐには理解できませんでした。
あまりにもアッサリとした会話でピンときませんでした。

そこからDさんとB社長との世間話が始まり、
それを聞いているうちにジワジワと実感が出てきました。

所属が決まった。

声優事務所に入ったのです。

何も言えない自分をDさんが押し込んでくれたのです。
本当に感謝してもしきれません。

養成所に入ると決めた時から奇跡の連続で綱渡りのように、
代表、両親、Dさんの力を借りて
ようやく声優として新しいスタートラインである事務所所属まで辿り着きました。

今思い出しても本当に有り得ない事の連続でした。
自分の力だけでは到底無理だったと思います。

APHでは芝居・物事の仕組みを教わります。
この仕組み通りに全力でやっていくと必ずどこかで道が開けるのだと強く実感した瞬間でした。

 

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